ダンテ『新生』講義⑥~ベアトリーチェが好きすぎて生きてるのが辛い~

『新生』講義(とはとても呼べた代物ではないが)も今回で第六回。さくっと紹介するつもりが、やはり改めて読んでみるとこれだけ見どころの多い作品を簡単にまとめてしまうことなど出来なかった。あの厳めしい顔つきの大詩人ダンテが、こんなに自分の心の内を、しかもぶっ飛んだセンスでさらけ出している本書をどうして『神曲』の陰に埋もれた存在としてないがしろにできるだろうか…。

というわけで、今日も『新生』の名シーンを紹介しよう。

第12章で「歌」の擬人化であるバッラータにベアトリーチェへの想いを朗々と歌わせたダンテ。と思いきや、どうやらこの愛の歌はダンテの頭の中に留まっていたようだ。
というのも次の第13章ではまだダンテは悶々と思い悩んでいて、相変わらずベアトリーチェへの想いを抱えて苦悩する日々を送っているからだ。
きっと、ベアトリーチェに歌を送ったのは妄想だったのだろう…。
詩聖たるもの、そうこなくては。という感じだ。

さて、第14章。ダンテはフィレンツェのとある女性の結婚披露宴に出席していた。この披露宴には、新婦を囲むために町中の美しい女性たちが集う習わしになっていたから、彼の友人が気をきかせて、ダンテを誘ったのである。…友達の気遣いがなんとも青春らしくて微笑ましい。

大勢の人であふれかえる式場。女性たちはみな美しく着飾って、会話に花を咲かせている。ダンテの心は凪いでいた。折角友人が誘ってくれたんだ、今日はベアトリーチェの事は極力考えずに過ごそうではないか…。

そのとき突然、ダンテの左胸に強烈な震えが走った。震えはみるみる全身に広がり、ダンテはふらふらと会場の壁にもたれかかる。
いったい何が起きたのか、わけもわからず、ただ冷や汗と動悸に戸惑うダンテが恐る恐る視線をあげると…

賑わう人混みの中にいたのは、ベアトリーチェであった。


Dante Gabriel Rossetti - Beatrice Meeting Dante at a Marriage Feast, Denies Him Her Salutatio
祝宴会場で突然震えを感じてよろめき壁にもたれるダンテの図。


ベアトリーチェの姿を見たことで動揺したのではない。ベアトリーチェの存在にダンテ本人が気付く前に、胸が震え、身体が異常を訴えたのだ。
そしてダンテの「視覚」以外の感覚が機能を停止し、「アモーレ」に支配されてしまう。残った「視覚」でさえ、アモーレに追い立てられて本来の持ち場である「目」を離れてどこかへ行ってしまう始末。五感を失ったダンテは混乱のあまりひきつった表情となってしまう…。

好きな人の前ではあがってしまって話すことができない、という方、そのくらい何という事はない。五感が機能停止するぐらいにならなくては、そしてその人の姿を「目にするよりも前に」体が震えだすくらいにならなくては、本気の恋とは言えないのだから…。

壁にもたれて震えがおさまるのを待っていたダンテだが、あまりにも不審な様子に次第に周囲の女性たちが気付き、ひそひそと話し始めた。
そしてあろうことか、ベアトリーチェもいるその場で、女性たちはダンテの様子を面白がって嘲笑し始めたのである…。
好きな人の前で恥をかくほど耐え難いことはないだろう。ダンテは泣きながら自室に閉じこもる。

しかし転んでもただでは起きないのがダンテだ。どうして自分の表情がひきつってしまったのか、その理由を知れば、ベアトリーチェは絶対に自分を笑ったりはしないはず。憐みの心を寄せてくれるはずだ!

こうしてダンテは怒涛の勢いで3つのソネットを歌い上げるのだが…

続きはまた次回。

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